園芸療法士になってから;試練の道を行く

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いつもありがとうございます。

まつした(@flowerpower_ht)です。

 

 

なかなか険しかった道

 

高齢者と長く園芸療法プログラムを行なっていたこともあり、

介護をしながらならば園芸療法ができるかも、と思い立ち、

以前、ヘルパー2級と呼んでいた認定を受けて老健に入りました。

そこで採用面接してくださった看護師さんが園芸療法のこともご存知で、

ぜひ行ってほしい、ということで採用され、デイケアで介護を始めました。

 

2008年のことです。

 

アメリカから帰ってきて3年が経っていました。

 

もちろんすぐに園芸療法プログラムができるわけはなく、

全く知らなかった介護をしながら覚えながら、利用者、職員と馴染みの関係ができたころ、

ちょうど1年くらい経って、わたしはデイケアのフロアで、自分で買ってきたタネや植物を使って

園芸療法プログラムを始めました。

 

許可を得て行なったものの、最初は一部の職員からの風当たりは強く、

耳に入ってくる言葉を、聞いていないフリをしてやり続けた結果、

理学療法士に声をかけられて、デイケアだけでなく、入所の利用者さんたちとも行えるようになりました。

 

 

作業療法士になろう!

 

理学療法士と一緒に利用者さんたちと園芸療法を行うことで学ぶことがたくさんあった。

一方、わたし一人が行ってもリハビリにはならないため、

必ず理学療法士などリハビリ職と一緒に園芸療法を行わなければならなかった。

 

そして、わたしはリハビリ職になろうと決めたのです。

 

入学したのは44歳のとき。

けっして若くはない年齢でしたが、働きながら、夜、学校に行き、

4年間の勉強をしなければならないことには全く不安はありませんでした。

 

自分に自信があったわけではなく、ただただ、園芸療法をリハビリとして行いたい、

日本で園芸療法を確立したい、できれば広めたいという思いで突き進んでいました。

ひとりでこんなことができるとは思えないけれど、

ほかに打開策が見いだせなかったのも事実です。

 

作業療法士になるため毎日学校に通いましたが、不器用なわたしは4年目の臨床実習では苦労したくらいで

あとは振り返ると楽しかったことしか覚えていない。

4年間の勉強はあっというまで、国家試験を終えて作業療法士になったとき、48歳になっていました。

 

過去ブログ。

アメリカ暮らしのときのことから帰国後、

作業療法士になるまで、なったあと、

いろいろですが、こちらもよかったらどうぞ。

「園芸療法士の日々 colorful days

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