大往生

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ひとやすみ。
 
 
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知り合いから、前職場で担当していた方が
去年亡くなっていたことがわかりました。

おうちの方に偶然会って、
「大往生だったのよ」とおっしゃったと。

よかった。

ひとの死に「よかった」と思うことって
おかしいでしょうか。

わたしがこの方を担当していた昨年、身体の不調や高齢ということもあり、
施設に通うことがだんだん辛くなられていることがわかっていたので、

ご本人、ご家族まじえて話をし、施設に通うことを止めたのです。

ご本人もご自分の限界を知っておられたのか、
「もう行かない」と決断された。

それからまもなく亡くなったのだな、と考えると、
「よく生きた」と思える方でした。

ご家族が「大往生だった」と言っておられることからもわかります。

ほかのセラピストや職員からは、
歩くのが辛くなってきたようだから来ないというんじゃないか、
だったら車いすで迎えに行けばいいとか、
施設の滞在時間を短くすればいいのでは、という意見もありました。

ご本人のお気持ちはどうなのか。

「もう行かない」という言葉の中に何があるのか、どんな想いがあるのか。

あまり多くお話をする方ではなかったけれど、
日々の挨拶、短い言葉、表情、立ち振る舞いをずっと見ていれば。

「ありがとう、よく生きられましたね」と心の中で手を合わせます。

 


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